2. アイデアが形にならない悩み
新規事業のアイデアが出ないのはなぜ? 「誰の、何を変えたいのか」から考え直す
RBTDESIGN
新規事業のアイデアが、なかなか出てこない。
本を読み、他社の成功例を調べ、社内でも話し合った。それでも「これだ」と思える案が見つからない。
そんなとき、足りないのは発想力ではないかもしれません。
「誰の、どんな状態を変える事業にしたいのか」。その出発点が、まだ決まっていない可能性があります。
出発点がないまま考えると、どの方向にも進めるぶん、かえって選べなくなります。
アイデアがないのではなく、出てきたアイデアに対して、「これは違う」と判断するための基準がないのです。
「ゼロベースで考えたい」と話したL社長
L社長は、製品の製造を請け負う会社を経営しています。
長く続いてきた事業ですが、売上の大半を一社の取引先に頼っていました。材料価格が上がっても、販売価格にはなかなか反映できません。利益もほとんど残らなくなっていました。
このままでは先細りする。だから、新しい事業の柱が必要でした。
初めてお会いしたとき、L社長はこう話しました。
「既存事業にとらわれず、ゼロベースで新規事業を考えたいんです」
まったく別の分野なのに、急成長した会社の新規事業の事例を羨望の眼差しで語り、すでに試作まで進めて、温めている商品もありました。
何をやってもいい。だからこそ、何をやるのか決められない。
L社長の新規事業は、そんな状態から始まりました。
アイデアを増やしても、決められるとは限らない
アイデアを出す方法は、たくさんあります。
伸びている市場を調べる。他社の成功事例を集める。自社の技術や設備を書き出す。社員でアイデアを出し合う。
どれも役に立つ方法です。
ただし、出発点が決まっていなければ、集めた情報はすべて「ありえる案」として横に並びます。
伸びている市場も魅力的に見える。
他社の成功事例も良さそうに見える。
自社の設備を活かせる商品も捨てがたい。
どれも間違いではないからこそ、決められません。L社長も同じでした。
急成長した会社の事例も、試作品も、今ある設備を活かす方法も、すべて「ありえる」。しかし、「なぜ、それを自分たちがやるのか」と聞かれると、答えがありませんでした。
ここで大切なのは、アイデアの数と、決めやすさは別だということです。
考える量を増やすほど選択肢が増え、かえって動けなくなることもあります。
「アイデアが出ない」という感覚は、本当に案がゼロのときだけではありません。
案はあるのに、選べないときにも起こります。
「何でもいい」の中に、条件が隠れている
RBTDESIGNでは、アイデアを探す前に、その手前を見ます。
この事業で、誰のどんな困りごとを変えたいのか。この会社は、何を大切にして次の事業を選ぶのか。
ここが決まっていなければ、アイデアを比べる物差しがありません。
そして、「何でもいい」「ゼロベースで考えたい」という言葉が、本当に条件がないことを意味するとは限りません。
まだ言葉になっていない条件が、本人の中に残っていることがあります。
長く一つの事業を続けてきた会社ほど、これまでの経験の中に「もうこれはやりたくない」「次はこうありたい」という感覚が積み重なっています。
そこで私は、L社長に「どんな事業をやりたいですか」と聞くのを、いったんやめました。
代わりに、反対から聞いてみました。
「逆に、これはやりたくない、というものはありますか」
出てきたのは「やりたくないこと」だった
少し間があって、L社長から出てきたのは、
「今の業界では、もうやりたくない」
という言葉でした。理由を聞くと、今の取引先との関係や、業界の慣習から離れたいという思いが見えてきました。
打ち合わせの終わりには、「本音の深いところまで掘り下げてもらえた気がする」という感想もありました。
つまり、「ゼロベース」は、本当のゼロではなかったのです。
少なくとも、
「今と同じ場所ではやりたくない」
という条件はありました。
ただし、ここには注意も必要です。
「今の業界から離れたい」という気持ちは、大切な手がかりです。
一方で、それだけを基準にすると、「今と違えば何でもいい」という選び方になってしまいます。
それでは、また候補が広がります。
だから、過去から離れたいという気持ちと、これから何を選ぶかという判断は、分けて考える必要があります。
「何から離れたいか」がわかったら、次は「どこへ向かいたいか」を考える。
ここから、新規事業の条件が少しずつ見えてきます。
アイデアの前に確かめたい3つのこと
L社長との対話から、新規事業のアイデアが出ないときに、先に確かめたいことを三つに整理しました。
1. やらないことは何か
「何をやりたいですか」と聞かれても、すぐには答えられないことがあります。
そんなときは、「これはやりたくない」から考えてみます。
業界なのか。
取引の仕方なのか。
価格競争なのか。
大量生産なのか。
今までと同じ働き方なのか。
一つでも外せるものが見つかれば、探す範囲が変わります。「やりたいこと」だけでなく、「やらないこと」も立派な判断基準です。
2. 誰の、どんな状態を変えたいか
事業は、誰かの状態を変えることで成り立っています。
困っている人が、困らなくなる。
できなかったことが、できるようになる。
面倒だったことが、楽になる。
不安だった状態が、安心に変わる。
相手と変化が見えてくると、市場や技術の見方も変わります。
たとえば、L社長が試作していた商品について、
「この商品は売れるだろうか」
だけを考えると、答えは市場調査しだいです。調べれば調べるほど、「売れそうな理由」と「難しそうな理由」の両方が増えていきます。
しかし、
「これは、誰のどんな困りごとを変えるための商品なのか」
という問いが先にあれば、判断しやすくなります。
その変化に役立つなら、検討する。役立たないなら、今回は違う。
商品から事業を考えるのではなく、起こしたい変化から商品を見るようになります。
3. 儲かること以外に、何を大切にしたいか
事業には利益が絶対に必要です。
ただ、利益だけで新規事業を選ぶと、候補はいくらでも出てきます。
L社長には、「社員が活躍できる事業にしたい」という思いもありました。
これも重要な条件です。
どんな会社でありたいのか。
社員にどんな仕事をしてほしいのか。
地域とどう関わりたいのか。
どんな商売の仕方なら、自分たちは納得できるのか。
こうしたことも、新しい事業を選ぶ基準になります。
3つとも、すぐに答えを出す必要はありません。
むしろ、
「ここは、まだ決まっていない」
とわかるだけでも前進です。
次に何を考えればいいのかが、はっきりするからです。
L社長の新規事業は、まだ決まっていない
L社長の新規事業は、まだ始まったばかりです。
試作した商品も、現在の設備を活かす方法も、まったく違う分野への挑戦も、まだ候補として残っています。
一社に依存している売上構造。
利益の少なさ。
人や設備。
経営陣が使える時間。
こうした現実的な制約のほうが、大きな問題である可能性もあります。
「誰の何を変えるのか」が決まれば、すべてが解決するわけではありませんが、それでも、一つ変わったことがあります。
「何でもいい」という状態から、「何でもいいわけではない」ということが見え始めました。
これは、大きな前進です。
新規事業を考えるうえで、候補を増やすことよりも先に必要なのは、何を選び、何を選ばないのかを決める基準だからです。

あなたの新規事業は、誰の何を変えますか
アイデアが出ないと、「もっと考えなければ」と思いがちです。
もっと調べる。
もっと事例を見る。
もっと案を出す。
でも、必要なのはアイデアの追加ではなく、考え始める場所を変えることかもしれません。
一度、紙に書いてみてください。
この新しい事業で、誰の、どんな状態を変えたいのか。
そして、
これだけは、やりたくないことは何か。
書けないところがあれば、そこが今、まだ決まっていないところです。
そこが見えてくると、探すべきアイデアも変わってきます。
新規事業は、「面白そうなアイデア」を見つけることから始まるとは限りません。
自分たちは、何を変えるために次の事業をやるのか。
その問いが、たくさんある可能性の中から、一つを選ぶための最初の基準になります。
アイデアの手前で、事業のどこがまだ決まっていないのかを見る(準備中)